“余計な一言”はなぜ出てしまう!?<「政治・ジェンダー・格差など炎上しやすい話題を避ける」<というのは、どうかなぁ

暴言・失言の心理学

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“余計な一言”はなぜ出てしまう!?

2017年6月9日

Texts by サンデー毎日

サンデー毎日

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 政治家や有名人が失言や暴言を指摘され謝罪―そんな光景が後を絶たない。同じ人が何度も繰り返すケースさえあるが、「気づかないだけでもしや自分も?」と思えば、背筋が寒くなる。なぜ失言はなくならないのか。どんな人が舌禍を起こしてしまうのだろうか。

「(観光振興の妨げとなる)一番のがんは学芸員」(山本幸三・前地方創生担当相)、「(東日本大震災は)まだ東北だったからよかった」(今村雅弘・前復興相)と、失言の連鎖は途切れない。

「(がん患者は)働かなければいい」とヤジった大西英男衆院議員などは、以前から「マスコミを懲らしめるには広告料収入がなくなるのが一番」「巫女(みこ)さんのくせに」などと再三失言を繰り返している“常習犯”だ。

 だが見渡せば、身近にも失言騒ぎはありふれている。この機会に、失言や暴言の心理的メカニズム、そして自分がそうならないための方法を考えてみたい。

 そも、舌禍が起きる原因とはどのようなものか。仕事上のスピーチやプレゼンテーションから、対人コミュニケーション全般まで、話し方や伝え方について指導している「話し方研究所」の福田健会長は、

「失言などコミュニケーション上の失敗の原因は『自分の言葉は相手にそのまま伝わる』という思い込み。相手の存在を意識せず、自分が思ったことをそのまま口に出してしまうわけです」

 とし、このベースの上に、いくつかの“失言パターン”があると話す。

「たとえば“愛される毒舌家”という人がいますが、彼らはやり過ぎないギリギリのところを理解している。しかし、自分もそうだと根拠なく思い込んで失言する人が多い。また、気の利いたところを見せようとしてヘタな比喩で人を傷つけてしまうパターンも。そして失言してしまった時、誰かが少しでも笑ってくれたらそれで許容されたと思い、反省することなく失言を繰り返すパターンもあります」

 時代が移り、価値観が多様化しているのに、旧態依然とした意識で人に接するのも、コミュニケーション齟齬(そご)の一因だという。

「だから夫婦間でも失言が起きるのです。一体感があるゆえに『俺とお前でこんな話が通じないはずがない』『あなたは私のことを知っているはずでしょ』と、互いが一人の個であるという意識が薄れてきてしまい、言うべきでないことを言ってしまうのです」(福田氏)

『口のきき方』『会話のしくじり』などの著書があるフリーアナウンサー梶原しげる氏はこう指摘する。

「大西氏のように失言を繰り返す人は、言葉を選ぶよりも、砕けた態度で人と接することを重視している節があります。信念なのであれば、その信念が招く結果をちゃんと考えているかは重要。言葉でしくじりがちな人には、『人は本音で生きるべし』とか、『損得でものを考えるのは卑しい』と考える傾向がありますが、やはり物には言い方があるし、失言で起きる損失には意識を向けるべき。最近はテレビなどの影響で、芸人風のしゃべりを日常会話に入れてくる人もいますが、プロが芸としてやっていることをまねるなど、チャンバラ映画を見て包丁を振り回すも同然です。コミュニケーション能力には個人差が歴然と存在することは知っておくべきでしょう」

 かくいう梶原氏も、かつてつい口を滑らせてしまったことがあったという。

文化放送のアナウンサー時代、生放送で産経新聞のことを、悪気なくつい『誰も読んでない新聞』と言ってしまい、放送後に局長から『うちはフジサンケイグループだぞ』と注意されたことがあります。少々強めの表現をしようとする時は、つい行き過ぎてしまいがち。人が驚くような極端なことを言って目立とうなんて、しないほうがいいですね」

 梶原氏はそれ以来、言葉を口に出す前に「これを自分の妻や親に言ったらどう思うだろうか」と想像し、確認しているという。

 前出・福田氏も、

「失言グセを直すには、具体的な目標を持つこと。『自分の話し方のどこにどんな問題があるか』『いつまでに直すか』を明確にする。そして自分に率直に物を言ってくれる人に助言してもらうことです。自分のダメな点を人に聞くのは抵抗がある人もいるでしょうが、それは自分にとって得なんだと理解してください」

 と、予防策を提案する。

「俺が俺が」が暴言・失言を生む

 最近はツイッターフェイスブックなど、SNS上で発言する機会も多い。だが、不特定多数の人の目にさらされるゆえに、著名人ばかりでなく一般人の発言にも、思いもよらない批判が殺到しうる。

 こうした“ネット炎上”に詳しい、国際大グローバル・コミュニケーション・センター専任講師の山口真一氏は、ネットの発言には、現実での会話とまた異なる危険性があると語る。

「基本的に文字での発信となるため、はっきり残る『可視性』、転載されやすい『拡散性』、一度広まったらネット世界に残り続ける『持続性』があり、また反対意見の投稿が非常に容易なため、価値観の異なる人から非難を受ける危険性は常につきまといます。特に、災害が起きている時などは、ごく普通の言動にも『こんな時に不謹慎だ』と指摘してくる人も増えてきます」

 そうしたネット独特の“空気感”も読みつつ、「政治・ジェンダー・格差など炎上しやすい話題を避ける」「反社会的行為の自慢などをしない」「人気コンテンツのファンをあおって刺激するような言動を避ける」などの予防策で、炎上の的になるのを避けるべし、と山口氏は説く。

 ネットなどは、やや過剰反応が起きやすい面もある。それでも、ネットでもリアルでも肝心なのは「自分が何を言いたいかより、それを見聞きした人がどう思うか」を考えるという、きわめて基本的なコミュニケーションのルールというのが、識者の一致した意見だ。

 自戒も込めつつ、失言でやり玉に挙げられる人が一人でも減れば幸いである。

(本誌・中西庸)

サンデー毎日6月18日号から)

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